北岡賢剛

北岡賢剛氏は1958年生まれ、福岡県出身です。学歴としては、筑波大学大学院 障害児教育研究科を修了。福祉分野を中心に活動しており、特に障害児者福祉と芸術を結びつける取り組みを重視してきた人物でもあります。

目次

北岡賢剛氏の主な経歴・活動

福祉の現場での取り組み

1985年、社会福祉施設「しがらき青年寮」での勤務を開始し、1994年、障害児・者を対象とした「24時間対応型在宅サービス」を全国に先駆けて実施。福祉サービスの体制づくりに貢献しました。

その後、滋賀県において滋賀県社会福祉事業団の理事、さらに理事長を歴任し、また、社会福祉法人オープンスペースれがーとの理事長も務めました。

福祉と芸術の融合|美術館設立など

2004年にボーダレス・アートミュージアムNO-MA を立ち上げました。これは、障害のある人々の美術作品を展示する場であり、福祉と芸術をつなぐ新しい試みでした。

NO-MAでは、国内外のアール・ブリュット(生の芸術)作品の収集・展示を行い、障害の有無をこえて芸術活動の場を提供し、多くの人々に「表現する場」「作品を通じたコミュニケーション」の可能性を示しました。

NO-MAの取り組みは、地域住民やボランティアを巻き込んだ展覧会運営も特徴です。

支援の対象だった方たちが、芸術を通じて発信者になり得るという新しい価値観の提示となったのです。

著書執筆・発信活動

北岡賢剛氏は、僕らは語り合った―障害福祉の未来を(2004年)を発刊しています。

この本の中では、福祉の現状やこれからの福祉のあり方、制度の変化について論じており、福祉の担い手や仕組み、地域との関わりなどをテーマに「福祉の未来像」を語る対談形式をとり、福祉関係者だけでなく広く福祉に関心を持つ人への発信を行っています。

影響と思想・理念

北岡賢剛氏が手がけてきた福祉と芸術の融合は、従来の「福祉サービスを受ける対象=支援される人」という構図にとどまらず、「表現し、発信する人」として障害のある人々の可能性を拡げることを目指していました。NO-MAでの展覧会やアール・ブリュットの普及活動は、その象徴となっています。

また、福祉の担い手として、行政や地域と協働する「パートナーシップ」の重要性を強調。制度や施設ありきではなく、地域や社会とともに「生きる場」をつくるというスタンスで活動してきました。

北岡賢剛氏の実践は、福祉が社会の片隅だけのものではなく、文化・芸術とも結びつき、多様な人たちが共生できる社会のモデルを提示するものだったといえるでしょう。

まとめ

北岡賢剛氏は、福祉の現場にとどまらず、芸術を通じた表現の場や地域との協働といった新しい視点で、障害福祉のあり方を模索し続けてきた人物です。

従来の「支援する」「支援される」という関係を超えて、障害のある人々が表現する主体として尊重される社会の可能性を、実践と発信を通じて提示してきました。

福祉と芸術、地域社会が交差するその取り組みは、多様性と共生をめざす今日においても、多くの示唆を与えるものと言えるでしょう。

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